【書評】『神の値段』色さゆり著 七端

 

 この作品の主人公である佐和子は、現代アート界を牽引するアーティスト川田無名直属のギャラリーで働いているOLである。しかし、彼女の上司である唯子がある日倉庫で死体となって発見される。唯子は誰になぜ殺されたのか、そして唯子としか連絡を取っておらず音信不通となってしまった無名はどこにいるのか。多くの謎が渦巻く中、佐和子は彼が作り出した作品たちを守ることができるのか、現在の芸術界の裏側も描かれながら無名が本当にしたかったことに佐和子は気づいていく。

 

 まず、今回のテーマは「神に祈る」。これをぜひ頭に入れてこの書評を読んでみてほしい。あらすじだけでは全く関係ないように思えるかもしれないが、この本にもまさしく「神」がいて絶対的な影響力を持っているのだ。

 その「神」と呼ばれるべき存在は、マスコミはおろか芸術関係者、自分のアトリエにも姿を現さず、まるで生きているのか分からないと評されるアーティスト川田無名である。彼と連絡が取れたのは唯子のみであった。警察が重要参考人として調べても見つからないほど徹底して現世から隔絶されて生きている彼は芸術活動を始めて少し経った頃こう言っていた。

 

「私は神になりたい。例えば天照が太陽を象徴するように、生命力に源泉としての要綱に輝きの如き、絶えず其処にいる神になりたい」

 

彼は自身の姿を現さないことで象徴化し「神」になろうとしていたのだ。

 

 そんな彼は言うまでもなく、多くの愛好家たちに信仰されていた。しかし、注目を浴びればそれを利用しようとする人間も現れる。そんな不正に転売などをする人間かどうか見極め、作品を売っていくことが唯子の仕事だった。確実に売りさばいていく彼女はある日一つの作品を事務所に運び込んだ。それは、無名が芸術家になってすぐに描かれたとても価値の高い作品だったが、彼女はそれをギャラリーに飾らず裏口に保管したのである。佐和子が不思議に思ったその作品が今作品では大きなカギとなっている。

 

 その作品のうわさを聞き、多くの人が購入を希望した。無名を心から信仰する人々と会話を重ね、佐和子はアートとは何のためにあるのかについて考え始める。

 

「ある宗教家は幸福な人には宗教は分からないと言いますが、まさしくその通りです。もとからすべてに満足し幸福であればアートなんかに入れ込みません。これはただ神を求めるゲーム、悟りを求めるゲームなのです。」

 

古くから無名の作品を買っていたある顧客の言葉だった。アートとは一種の宗教であり無名はその神としてアートのマーケットをさらに広げようと、事務所に送られた作品を使って大きな賭けに出たのである。自分の作品でアートを世の中に認知させ、これからの作家たちのために裾野を広げようとした。自分という存在がいなくなっても芸術という世界の中で常に在れるように。彼はまさしく「神」でありアートという言葉が残る限り川田無名は信仰され続けるのだろうと私は感じたのだ。