無言電話 狩野ウタ

 

あらすじ

新しいバイト先で働き始めた私にある日バイト中に無言電話がかかってきた。私は間違い電話だと思ってバイトを続けていたが……

 

 

 

これは私が大学の時にアルバイト先で体験した話です。

 

大学に入学してから家電量販店のバイトをし始めた私は社員との口論が原因で2回生になる前に人生初のバイトを辞め、親からの仕送りを頼りに2回生の夏休み開始前までバイトをしない生活を送っていました。しかし数ヶ月そんな生活を送っていた私は流石に親に負担をかけてしまってはいまいかと感じ同じサークルの先輩の勧めもあって夏休みに入ると同時に新しいバイトをし始めました。

そのバイト先は下宿先のS県では有名な小売企業の大型店舗ということもあって時給は申し分なく、職務環境は前のバイトと比べるまでもなく良好でした。私は主に地下一階の食料品売り場の青果コーナーの担当として働いていて、二週間に及ぶ研修期間が終わろうとしていた8月の末日に少し不思議な事が起こりました。

 

バイトは主に夕方からで研修期間中だった私は一つ年上の他の大学の先輩から仕事を教わっていていました。その日は研修期間も終盤で仕事も大体覚えていたので先輩なしで一人作業場で仕事をしていました。すると不意に従業員用の黄緑色のPHSがピロロロピロロロと着信音を鳴らした。

研修で大体の仕事はこなせる私だったのですがどうも前の職場で電話対応がうまく出来ず怒られたことがあって電話対応に苦手意識を持っていました。なのでできるだけ着信が来ないようにと祈っていたのですが、かかってきたからには出ないわけにはいけないと思い、恐る恐る「もしもし」と渋々電話に出ました。ですが数秒たっても返事が来ないので「もしもし、青果コーナーです」と繰り返し言うが何も返事が返って来ませんでした。間違い電話だと思い私は通話を切りました。もうすぐ閉店の時間だったので急いで閉店の片付けの準備を始め、その日もその謎の電話以外いつも通りバイトを終えました。

 

私が通っていた大学は8月の上旬から始まり9月いっぱいまで夏休みだったので休み期間は出来るだけバイトをしてお金を稼ぎたかった私は週4日バイトに勤しんでいました。9月も末になり、謎の無言電話がかかってきたことも忘れいつも通り店が閉店するまでその日も仕事をしていました。1ヶ月もすると電話対応も慣れてきてその日は3回くらい事務所からの電話に出た。そして閉店間近になり片付けの準備に取り掛かろうとしていた時その日4回目の電話がかかってきた。電話の通知画面を見るとまた事務所からの電話でした。

私は「もしもし青果コーナーです」と言い慣れた言葉を言った。しかし返事が返って来ないのでもう一度同じ言葉を言った。「もしもし青果コーナーですけど」返事が返って来なかった。前にもこんな事があったなったなと思い出して今回もどうせ間違い電話だろうと数秒間返事を待った後電話を切った。

 

その日ラインで無言電話についてバイトの先輩に聞いてみるとどうやらその先輩も同じことを何回か経験したことがあるらしいがいつものことだとその時間帯にかかってくる電話は放置しているらしい。先輩はいたずら電話だろうと思って放っておいたらいいと私に言った。だがその時間帯にかかってきた電話は事務所からだと通知が来ていたので、いたずら電話の可能性は無いだろう。何か事務所が意味があって電話をかけているのだと思っていた。だがそんなこと研修の時に教わっておらずただただ不気味でした。

私自身そういった不可解な現象に今まであった事がなくその不気味さから10月の末日にバイトが入っていた時も無言の電話がかかってくるのではないかと少し怯えながらバイトをしていました。だがその日は片付けの時間になっても電話はかかって来ず私も考えすぎていたのかともうやることもないので帰ろうとしたところ不意にピロロロピロロロとPHSが着信音を鳴らした。気づいた頃には私はつい癖で恐怖心も忘れ電話に出てしまっていた。いつも通りそれは事務所からの電話で相変わらずの無言電話だった。数秒してから無意識に電話に出たことに気づいた私は電話を切りすぐさま帰り支度をして家へと帰った。

何が何でもおかしいと思った私はバイトが休みの日に事務所に行って事務所からの無言電話の話を上司にした。

「事務所からそんな時間に電話なんて滅多にかけないよ。ハハハハ考えすぎだよ君は事務所の誰かが意地悪してるんだよきっと、ほら事務所のHさん変わってるだろ?多分Hさんがいたずらで君らバイトを脅かしているのだろう」

上司はあまり真剣に私の話を聞こうとせず事務所の人のいたずらだろと決めつけていたが、それにしても不快なので一度事務所の人を注意してもらうよう上司にお願いした。

 

12月の末日、あの無言電話の件で怖くなり月末はシフトを入れないようにしていた。だがそんな私に他のバイトの人が風邪で来れなくなったため至急来てくれないかと上司から連絡が来た。いつもお世話になっている上司からの指示にはあまり背きたくなかったので嫌々だがその指示に従った。正直バイト中はいつあの無言電話がかかってくるかが気になって業務に集中できなかった。そしてその日も閉店の片付けが終わってからピロロロピロロロと着信音がなる。気にしたらダメだとそのまま帰り支度をしていたが一向に着信音楽は止まらない。普通1分ほどで着信音は鳴り止むはずだがいくら経っても着信音は鳴り止まない。私はもう怖くなってそのまま放置して家に帰ろうとしたが着信源が事務所かどうかだけ確認しようとした。だが通知を見ると     

 

田中からの着信

 

誰だ。

 

ものすごい恐怖感が私を襲った。気がついたらその相手と私は通話していました。

「ナンデ」

人の声がした。

「ドウジデ」

私は勇気を振り絞り

「誰ですか?」と返事をしました。

「ナンデェエェェエ」

声の大きさがいきなり大きくなった。

「ダジデグレナイノォオオオ」

もう私は何が何だかわからなくなっていました。だがPHSから聞こえる声がだんだん小さくなっていきしまいにはPHSからは声が聞こえなくなっていました。そして通話が切れて助かったのかと思ったが、次は自分のスマートフォンのバイブが震えた。嫌なタイミングで電話がかかって来て驚いた私でしたが、知り合いから電話がかかって来たと安心してすぐ電話に出た。だが、画面をよく見ると画面には田中と通話中と表示されていた。急いで電話を切り逃げようと思ったが作業場の野菜入れる大きな冷凍庫の方からまるでそこに人が本当にいるのではないかと思うくらいはっきりとした声で

「ダシテエェエエエエェエサムイヨ」

と叫ぶ声がしました。その叫び声と同時に冷蔵庫のドアの内側がガタガタガタガタと叩かれる音が作業場全体に響きました。そこで私の意識は無くなっていました。

作業場で気を失っていた私はすぐに見廻にきた警備員に見つかったらしく、その時の私は何かに怯えるかのように震えワンワンと泣いていたそうでした。だが気を失う前に一瞬冷蔵庫のガラスの窓に見えた黒い人影が窓を叩いていたのははっきりと覚えていました。

 

後日、私はもうこんな不気味な場所でバイトは出来ないと店長に相談しにもう行きたくもないバイト先に赴きました。店長に相談する前に知人や上司に体験したことを話したが誰も信じてくれませんでした。どうせ店長もこんな話信じないと思っていましたがやけに店長は誰も信じようとしない私の話を真剣に聞いていました。

「なるほどねえ」

一通り話を聞いた店長はいつもよりも少し顔が青ざめていたような気がしました。

「私はここで長年働いていて、あの事件のことを知っている人も随分少なくなっているのね」

どうやらこの店舗30年前にあの作業場で障害を持つ従業員が転んで身動きができなくなり一晩中冷蔵庫に閉じ込められ運悪くその次の日が店自体休みで誰にも気づかれぬまま死亡した事件があったと店長は教えてくれました。その事件からあの日丁度30年だったそうです。前にも私のような体験をした人がいたらしく作業場をお祓いしたそうですが今回また同じような事が起きたので直ぐにでも退職した方がいいと店長は言ってくれました。店長は最後に出来るだけこのことは内密にしてくれと言いました。おそらくこの噂が広まれば新しいバイトや客が嫌がって店に来なくなることを予期してのことだったのと今思えばそうだと感じます。

店長と相談し終えた後に作業場に行けるのがもう今日で最後になると思い、好奇心であの無言電話がかかって来たPHSの着信履歴を見てみたが、受信履歴は残っていませんでした。もちろん私のスマートフォンに履歴は残っていませんでした。事務所のHさんにも問い詰めましたが、Hさんの持っているPHSの着信履歴を見ても着信した痕跡はありませんでした。

 あの出来事以降私は大学を卒業するまでバイトはしませんでした。今私は地元で就職して働いていますが、未だに夜遅くまで仕事をしていて職場に残っている時に電話がかかって来るとどうしてもあの日のことを思い出します。