ヒトリガチ? 貝土彰子

 

あるところに二人の学生がいた。
一人はユミという名の女だった。ユミは称賛を浴びることに生きがいを感じていた。故に学内でも常に成績は2番、また部活動にも参加し、大会にも結果を残すことに努力を費やしていた。もう一人はトウヤという名の男だった。彼もまた才能に溢れていた。こちらは常に学内でトップの成績を維持していた。ユミとは違い、トップクラスではなくトップ。常に1番に君臨していた。そういうことからユミはトウヤのことを敵視していた。そして機会があるたびに何度もトウヤに勝負を挑んだ。が、一度も勝てたことはなかった。ユミはどうしても一度はトウヤに勝ちたかった。ユミが1番になって称賛を浴びるのにトウヤは邪魔な存在だった。
 ある日、ユミはトウヤに声をかけた。トウヤの才能を利用しよう、という思いつきだった。そうすれば勝てるかもしれないと。勝つことでさらに私のことを世の人はもっと認めてくれるに違いない。そういう考えであった。
「ねぇ、トウヤ。あなたに作ってほしいものがあるの」
一呼吸置いて目的を告げた。「人間の能力を最大限引き出す薬、つくれるかしら」

その薬を使えば、トウヤを超えられるかもしれない。そう考えての提案だった。
トウヤはユミを一瞥しただけで再び自分の研究に戻っていった。
そこでユミは一枚の紙をトウヤの目の前に差し出した。
そこには様々な数式や記号が書かれていた。ただし、数式は完成しておらず、等号の先はただの空白だった。
「これなんだけど」
あんたでもできないのか、と言外ににじませる。煽れば乗ってくるに違いないと見込んでの発言だった。負けず嫌いなトウヤをやる気にさせるには煽るのが効果的だと思われた。トウヤの負けず嫌いは学内でも有名だった。
 トウヤは黙って数秒差し出された紙を見つめたかと思うと、突然、それまで机の上に広げられていた資料や道具を片づけ始めた。そしてあたらしい紙を机の引き出しから引っ張りだし、ものすごい勢いで計算やらを書き散らし始めた。

その様子をみて、ユミは作戦が成功したことを悟った。
数日後、目元に濃い隈を浮かべ、顎にぼさぼさの髭を生やしたトウヤがユミの前に現れた。
「先輩、できました。」
そう言ってトウヤはビンを差し出した。中には色とりどりの丸薬が詰められていた。とりあえず一つどうぞ。と勧められるままに一錠を飲んでみる。

「飲んだら眠くなると思います。何ができるようになっていたかは目が覚めたらわかると思います」
強烈な酸味の後にさわやかな甘みが口の中に広がった。
直後、強烈な眠気に襲われユミはその場に崩れ落ちた。

次に目を覚ましたとき、ユミは驚いた。
「トウヤ、これはすごい」
「どうでした?」
これは夢の中でみたことが実際にできるようになっているんだな?」

「ええ、まあ

「検証せねば」

そう意気込んでユミは部屋を飛び出した。

何かトウヤが言っている声が聞こえたような気がしたが、気にも留めなかった。

 

数日が経ち、数週間が経った。

半年を過ぎようとした頃、ついにユミはトップの座に上り詰めた。

山のような誉め言葉がユミに降りかかった。

さらに数か月が過ぎたころ、ユミは誰一人と寄せ付けないような結果を残すようになった。

同じ時頃、人々の様子に変化が訪れた。どれほど素晴らしい結果を残そうともほかの人からは何の反応もなくなったのだった。

それがなぜだかユミにはわからなかった。

 

あくる日、ユミはたまたま近くを通り過ぎた人に尋ねてみた。

「なぜ誰も私のことを見ない?こんなに素晴らしい結果なのに」

 

少しの沈黙のあと、彼は答えた。

「それはあなたが完璧すぎるからじゃないですかね。あなたが1番をとろうともう誰も何も思いませんよ」