『わたしを離さないで』について めろきち

 

 「わたしを離さないで」、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞したことでこの本を知った人も多いだろう。私もその一人だ。

 主人公はキャシー・H。彼女は、親友のトミーやルースと共にヘールシャムという施設で育った。その施設は、単なる寄宿学校ではなく、移植手術に臓器を提供するために作られたクローン人間である子供たちが、臓器提供という使命を果たせるように育てられている場所だった。大人になったキャシーは、「提供者」と呼ばれる人々の世話をする介護人をしている。彼女は施設での奇妙な日々に思いを巡らし、その回想の中で、ヘールシャムの謎が、残酷な真実が解き明かされていく、そんな話。

 

 さて、「自分が臓器提供のために作られたクローン人間だったら」なんて考えたことのある人はなかなかいないだろうから、この機会に考えてみよう。顔も知らない人に臓器提供をして死んでいく未来しかない自分の運命を呪うだろうか? いや、私は寧ろその方がいいと思う。私みたいに、自分の将来にさほど期待していなくて、生きることに執着しない、いつ死んでもいいやーなんて思っている人にとっては、将来が決まっていて、しかも、人の役に立って死ぬことができるのであれば、そちらの方がいいと思ってしまうのである。

 

 これから先、臓器提供のためのクローン人間が作られる未来が、100%無いとは言えないだろう。だが彼らは、クローンではあるが人間である。この物語の中での話ではあるが、彼らは、自分で物事を考えることができるし、心を持っている。恋愛もするし、喧嘩もする。私たちと同じように生きているのである。でも、もしそのような仕組みができてしまったら、それに気が付いても、もう後戻りはできないのである。キャシーたちは、かつてヘールシャムの先生だった人にこう言われる。『……癌は治るものと知ってしまった人に、どうやって忘れろと言えます?……あなた方の存在を知って少しは気がとがめても、それより自分の子供が、配偶者が、親が、友人が、癌や運動ニューロン病や心臓病で死なないことの方が大事なのです。……世間はなんとかあなた方のことを考えまいとしました。どうしても考えざるをえないときは、自分たちとは違うのだと思い込もうとしました。完全な人間ではない、だから問題にしなくていい……』と。

 私にとって、考えれば考えるほどに難しくなるようなことだったけど、そんな世界になるのは嫌だと思った。人の命を奪ってまで生きたくないと考える私は少数派なのかもしれないけどね。

 

 全体的に暗い話だし、大きな盛り上がりも無く淡々と進んでいくが、それが逆にいろいろと考えさせられる本だと思う。私にはもちろん英語で書かれた本を読む力は無いから翻訳本を読んだけれど、英語が得意な人にはぜひ原作を読んでほしい。

 

                    『わたしを離さないで』[著]カズオ・イシグロ