旅籠涼介

タイトル「にわとりになりたい」

 

「俺はにわとりになりたいんだ」

山田は僕の席にやってくるなり、セリフのように力強く話し始めた。

「だってあんなにかっこいいじゃないか」

にわとりのどの部分をかっこいいと思っているのかは分からないが、まず声を小さくしてほしい。これでは教室中の注目を浴びてしまう。講義が始まる10分前とはいえ、この部屋には既に50人ほど学生が着席していた。

「まあ、座りなよ」隣の席に促す。山田は背負っていたリュックを下ろしながら、隣に座った。山田が座った椅子は床に固定されていて椅子ごと横を向くことは出来ないので、体だけこちら側を向いた。

「丹羽もそう思うだろ?あの赤いとさかとかくちばしとか、二本足で立っているところも全部男らしくてかっこいい」

「にわとりをかっこいいと思ったことは正直ないな」

そういうと山田は慌ただしく携帯を取り出し、夢中で操作をするなり、にやりとして僕に画面を見せてきた。白いにわとりが一羽、草むらの上に立っている写真だった。

「今日来る途中の公園にいたんだよ」

「え、にわとりが?」

「勇敢にもどっかから逃げ出してきたんじゃないか?思わず見とれちまったぜ」

前の扉から教授が入ってきたので、部屋のざわざわした話し声が小さくなっていった。講義がもうすぐ始まるらしい。

「講義が終わったら、こいつを探しに行こうぜ」山田は楽しそうに言って、椅子に座りなおした。山田はやりたいことはすぐに行動に移すタイプなのだ。近くに養鶏場は無かった気がするし、どこかの家で飼われていたにわとりだろうか。やれやれと思いながら僕もつられて前を向いた。こちらを見ている学生グループいくつかと目が合った、が瞬間に目をそらされた。いま間違いなくにわとりってあだ名をつけられたな。なんとなく恥ずかしかったが、気にしてない風に教科書をめくった。当のにわとりは我関せずといった様子で、携帯をつついている。

 

 正門を出て右に曲がり、小さな川沿いの道を進んでいく。車が一台通れるのがやっとの道幅に淡い緑色の葉を付けた桜の木が並んでいる。大きな湖が近くにあるこのキャンパスはとても風が強く、通う学生や教授は厚着をすることを求められる。例に漏れず、今日も体を指すような風が吹いており、僕と山田はポケットに手を入れ、身を縮めながら歩いた。

にわとりを見つけたという公園は歩いて10分ぐらいの大きなスーパーが建っている住宅街にあるという。

「まだあそこにいてくれ。いや、いるに決まってる」

なぜだかわからないが山田は自信に満ち溢れている。その大木のような自信がどこから来るのか僕はつねづね知りたいと思っている。

「もう2時間以上経ってるし、さすがにいないでしょ」

「そんなこと言ったら、いるもんもいなくなっちまうだろ。俺は感じるぞ」

そう言いながら宝物でも出すかのように仰々しくポケットから赤い手袋を取り出した山田。それはサンタクロースを連想させるほど真っ赤な手袋だった。その内、手袋の片方を頭の上に乗せ始めた。

「まさかと思うけど、とさかのつもり?」

「ほんとは立たせたかったけどな。」

短い黒髪の上に垂れて置いてある手袋はとさかっぽさは全くなくてかわいらしかった。不安定な頭の上ではすぐに落ちてしまうので、何回か挑戦したのち、残念そうにまたポケットにしまった。素直というか純粋というか、山田は僕とは違い無邪気な性格だった。

2人で街並みを眺めながらなんとなく歩いていたら、公園についた。きれいな四角い形の公園で奥に滑り台やブランコなどの遊具があり、割と広めの公園だった。手前にある2メートルぐらいの小さい山のすぐ隣に芝生が青々と広がっており、ハトやすずめが数羽いたが、にわとりらしきものは見当たらなかった。

「にわとりいないね」

「いや、絶対いるはずだ」

「さすがに誰かに保護されたのかも」

山田は諦めずに遊具の方まで走っていって隅々まで探していた。地面に半分埋まっているタイヤも屈んで一つ一つ確認している。いないだろうと思いつつ公園の外を見渡してみたがやっぱりいなかった。山田はしばらく公園中を探し終わってとうとう観念したのか、とぼとぼこちら側に帰ってきた。本当ににわとりがまだいると思っていたらしい。芝生の途中で立ち止まり名残惜しそうにすずめを見ていた。

「これだけ探していなかったらしょうがないよ。」

山田はまだじっとすずめを目で追っている。そして突然合点がいったようにこっちを向いたかと思うと、

「そうかあいつは空を飛んでいったのか。」

と両手を広げてバサバサ飛ぶように近づいてきた。

「あいつはいいな。空に行けて」

「いやいや、にわとりは飛べないよ。」

「飛べるんだよ、あいつは。」

山田はまたも謎の自信をみなぎらせて訴えてきた。

「丹羽、やっぱり俺はにわとりになりたい」

「なれるといいな」

僕も笑いながら返事をした。山田は嬉しそうに空を見上げて公園の外に向かって歩き出した。

山田を追いかけようとしたら、ふと視界の端の芝生に赤いものが映った。一瞬にわとりかと思いドキッとしたが、よく見ると山田の赤い手袋だった。探している時にポケットから落としたのだろう。拾いに行くと「あ、それ俺のだ」とのんきな声が後ろから聞こえてきた。つい山田につられて、その手袋を頭に乗せてみた。

「なんだそれ。かっこ悪いな」

 

とニヤニヤ笑われたので手袋を山田に向かって投げた。とある風が強い一日であった。