【書評】「-かにみそー」 七端

 

◎あらすじ

 何をするにも無気力な主人公の「僕」はある日海で小さな蟹を見つける。それは不思議と彼の心をひきつけ、彼の自宅へと持ち帰られる。しかし、その蟹はごく普通の蟹とは大きく違っていた。鶏肉やイワシをぺろりと食べ、テレビを見て人の言葉を話すようになった蟹なのである。「僕」はその蟹と会話を繰り返すうちにだんだんと心を通わせあうようになっていくのであった。しかし、蟹の無尽蔵の食欲は増す一方でついにはヒトまで食らってしまう本物の怪物になってしまうといったホラーな展開になっていく。

 

 私がこの本を読み始めて思った感想は、これのどこがホラーなんだという疑問であった。未知の生物と出会った現代的ないわゆる「さとり世代」といわれる青年がその生物との交流を通して社会とかかわるようになり変わっていくストーリーだったからだ。これでは感動ストーリーになるのではないかと不安になったところで大きく流れが変わった。

 

 「僕」が派遣先の上司であり、恋人を殺してしまうのだ。自分がこのままでは駄目だと将来を案じている彼の不安や後ろめたさの核心を突かれながらもまるで第三者視点であるかのように淡々と述べていく。その無感動さに恐ろしさを感じてしまう。そして、そこで初めて蟹にヒトを食べさせることとなる。またそれこそが、物語の本編の始まりとなってしまった。蟹はヒトの味を覚えてしまい夜な夜な「僕」と徘徊し人々を自分の栄養に変えてしまう。しかし、それでも「僕」は蟹の捕食シーンを一つの芸術のように描写していく。蟹のグロテスクな食事と目の前で何が起きても心を動かされる気配のない「僕」に何とも言えない怖さを感じさせる。

 

 しかし、そんな日々の中で「僕」は彼が今までに殺してきた人々への罪悪感により蟹という殺人鬼を殺さなければならないと思いたつ。だが今まで蟹と過ごしてきたことによりもはや怪物ではなく友人という立場になってしまった。蟹にヒトを食べさせた自分を恨みながらも最終的には蟹を自分で食べ胃袋に収める。そこで彼は

「生きるために食べるのは当たり前」

という言葉をこぼす。私たちも本来普通の蟹にとっての殺人鬼であり怪物であるのだと考えさせられる。自分が怖いと感じたものと私たちは同じであり、自分勝手に殺す怪物なのだという現実を突きつけられた。

 

 読み終えると、なるほどこれは確かにホラー小説だと納得する。ヒトを食べる蟹に対する生物としての原始的な恐怖、無感動な「僕」に対する理解できない他者に対する心理的な恐怖そして自分たちも怪物であると知り始めて感じる自分に対する恐怖。様々な種類の恐怖が混ざり合い私たちの感情を揺さぶる立派なホラー小説であった。

 

 ※この書評はあくまで私個人の感想です。しかし、少しでも興味をもってこの本を手に取っていただけたら嬉しく思います。

 

『かにみそ』[著]倉狩聡